
【アマゾンプライム紹介文】
「ある地方の市民病院に外科医・当麻鉄彦が赴任する。腐敗した病院の中で、次々と困難なオペを成功させる当麻。その信念に満ちた姿はやがて病院を、人々を動かしていく。そんな中、病に倒れた市長が市民病院に搬送されてきた。彼を助ける方法は唯一、脳死状態の少年から肝臓移植を受けること。しかし、それは日本の法律ではいまだ認められていない禁断のオペだった・・・現職医師、大鐘稔彦のベストセラー小説を完全映画化。クライマックスの手術シーンは圧巻。また臓器移植や地域医療といった、現代の医療が直面する大きな問題にも一石を投じている。
監督 成島出
出演 堤真一, 生瀬勝久, 夏川結衣」
【弁護士が観た映画『孤高のメス』】命の終わりは誰が決めるのか?「尊厳死」と「安楽死」の法的リアル
今回は、医療過失や事故といったテーマとも深く関わる、医療と法律の原点を描いた傑作映画『孤高のメス』(堤真一さん主演)をご紹介します。
舞台は1980年代後半の地方市民病院。大学病院の利権や保身が渦巻く中、堤真一さん演じる外科医・当麻鉄彦は、ただ「目の前の患者の命を救う」という愚直なまでの信念で、困難な手術を次々と成功させていきます。やがて彼は、当時の日本の法律では未だ認められていなかった「脳死患者からの生体肝移植」という、医療倫理と法律の巨大な壁に直面することになります。
この映画は、緊迫した医療ドラマであると同時に、私たち法律家にとっても、そして医療の発展が進んだ現代を生きる私たち全員にとっても、「命の終わり(死)は誰が決めるべきなのか」という、極めて重い問いを投げかけています。今回は、劇中のテーマでもある「脳死」から一歩進んで、現代社会で関心の高い「尊厳死」、そしてそれに付随する「安楽死」の法的な違いについて、弁護士の目線で解説します。
「尊厳死」とは何か:医療の限界と、人間らしさの選択
劇中では、脳死状態に陥った患者の家族が、苦渋の決断の末に臓器提供(死の受け入れ)を決意するプロセスが丁寧に描かれます。近代医療の進歩は、かつてなら死を迎えていた命を、人工呼吸器などの延命治療によって「生かし続ける」ことを可能にしました。
だからこそ生まれた概念が、現代における「尊厳死(≒消極的安楽死)」です。
尊厳死とは、不治の病などで回復の見込みがなく、死が不可避な状態になったとき、本人の意思に基づいて、人工呼吸器の装着や胃ろうといった「過剰な延命治療」をあえて行わず(または中止し)、人間としての尊厳を保ったまま自然な死を迎えることを言います。
付随して知っておきたい「安楽死」との決定的な違い
尊厳死とよく混同される言葉に「安楽死(積極的安楽死)」があります。この二つは、法的には全く異なるものです。
安楽死とは、耐え難い肉体的苦痛に苦しむ患者に対し、医師などが薬物を投与するなどの「積極的な行為」によって、人為的に死期を早めることを言います。
尊厳死が「医療を止めて、自然な死を待つ」のに対し、安楽死は「医療(薬物)を使って、死を招く」という違いがあります。日本では、安楽死を認める法律はなく、過去の痛ましい事件(東海大学安楽死事件など)の判例においても、医師が安楽死を成立させるためには、
- 耐え難い激しい肉体的苦痛があること
- 死が避けられず、死期が迫っていること
- 苦痛を除去する他の手段が全くないこと
- 患者の明らかな意思表示があること という、極めて厳格な4つの条件を満たさない限り、法的には刑法の「嘱託殺人罪」や「同意殺人罪」に問われるリスクがあります。スイスやオランダなど一部の海外諸国とは異なり、現在の日本の司法において安楽死のハードルは事実上、極めて高いのがリアルな現状です。
DNR(DNAR)
安楽死と同様、日本には尊厳死を直接定めた法律はありません。しかし、医療現場や判例においては、本人が事前に明確な意思表示(リビング・ウィル=生前の意思表明書)をしている場合、本人の自己決定権を尊重して延命治療の中止が認められる方向で定着しつつあります。
尊厳死と関連するDNARについては法制度・手続きで解説していますので、ご覧ください。
弁護士の目線:医療過失の現場から見える「命の選択」の重み
映画『孤高のメス』の中で、天才外科医の当麻先生は、どれだけ周囲の大人たちが保身や法律のグレーゾーンを理由に反対しても、「患者にとっての最善は何か」を問い続けます。
映画では、出世と競争と保身にしか関心のない医師、野本先生(生瀬勝久さん)が当麻先生の足を引っ張ろうと色々と画策しますが、当麻先生とは対極にある彼の存在によって当麻先生の純粋な職務理念が際立ちます。
当麻先生は殺人罪として立件されるリスクを覚悟の上で手術に臨みますが、その背景には、彼が医師を志すきっかけとなった幼い頃に母を亡くした医療事故での一患者の家族としての思いがありました。彼は、売名や偽善ではなく、かつて救われなかった亡き母と息子である自分の切なる思いを目の前で苦しみ思い悩む患者や家族に重ねていたのです。
当事務所が日々向き合っている「医療事故」や「介護過失」の法律相談でも、この「何が最善だったのか」という問いは、常に被害者の方やご遺族、そして医療従事者の間を引き裂くテーマになります。
過剰な医療が患者や家族を苦しめることもあれば、逆に、適切な医療や介護が行われなかった(過失があった)ために、迎えるべきではなかった早すぎる死を迎えてしまう悲劇もあります。 どちらの現場にも共通しているのは、「本人の尊厳や意思が、組織(病院や施設)のマニュアルや保身によって置き去りにされてはならない」ということです。
まとめ:最高の医療と、最高の人生の終い方
『孤高のメス』は、医療の現実を鋭く告発しながらも、命に対する深いリスペクトに満ちた、今観ても全く色褪せない傑作です。観終わった後、自分が、そして大切な家族がどんな最期を迎えたいか、深く考えさせられます。
もし今、ご家族の医療や介護を巡るトラブル、「病院側の対応に納得がいかない」「予期せぬ事故の真実を知りたい」といった深いお悩みを抱えている方がいらっしゃれば、どうかお一人で抱え込まずに、その苦しみを私に聴かせてください。
なお、この作品には、今では大活躍されている仲野大賀さん(当時17歳)がとても重要な役で出演されているので、ファンの方は必見です。
[事務所からのご案内] たいよう法律事務所では、医療事故・介護事故・学校トラブルなど、専門的な知識と深い心のケアが必要な事案について、客観的な証拠分析に基づくサポートを行っています。 医療や命に関わる問題は、時間が経つほど証拠(カルテ等)の確保が難しくなります。違和感を覚えたら、スマホ画面下のボタンから、いつでもお気軽にご連絡いただけます。
