DNARってなに?

1. DNARとは何か?

DNARとは、Do Not Attempt Resuscitation の略称で、日本語では一般的に「心肺蘇生不開始」「心肺蘇生を行わない指示」と訳されます(DNRと略称されることもあります)。

具体的には、患者の心臓や呼吸が止まった(あるいは止まりかけている)際に、以下のような心肺蘇生法(CPR)を行わないという医療現場での合意・指示を指します。

厚生労働省「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」

  • 胸骨圧迫(心臓マッサージ)
  • 人工呼吸や気管挿管(人工呼吸器の装着)
  • 電気ショック(AEDなどによる除細動)
  • 強心薬などの昇圧剤の投与

2. 誤解されがちな「DNAR」の重要な真実

DNARについて最も多く見られる誤解は、「DNAR=すべての医療・治療を放棄すること」というイメージです。これは明確な誤りであり、実務上も厳しく区別されています。

DNAR指示は、医師が患者の病態を踏まえて蘇生の要不要を独断で決定する診断ではありません。本人の意思確認ができない場合には、近親者との話し合いを通じて本人の推定的意思を尊重する医療側と患者側との合意形成を目指す必要があるし、本人の意思確認が可能になった場合には、あらためて本人に説明して意思確認をなす必要があります。

近年、DNAR概念が一人歩きし、医療現場で、医師・看護師らのDNARの無理解によって、DNARの当てはまらない局面でDNARを適用して、心肺停止ではない症例や局面において必要な医療が行われない事態が問題視されています。

典型的な例として、たとえば、高齢の父が転倒して意識を喪失して骨折治療のために入院する際に、食事をのどに詰まらせて窒息したような場合には当然救命してもらいたいが、万が一、病状が悪化して、亡くなるのが仕方ない状態になったような場合に、機械で無理やり延命治療を受けることまでは希望しないという趣旨で、娘がDNARの書面にサインしたが、看護師が、医師からのDNAR指示がある場合には、救命処置は行ってはならないと誤解していたために、実際に心肺停止に至らない窒息が生じた場面で本来、当然必要な救命のための酸素投与、気管内挿管、人工呼吸器などの医療行為が開始されないため患者が死亡するというケースがありえます。

【一般社団法人日本集中治療医学会の勧告による注意喚起】

「DNAR指示は心肺停止時のみに有効である」、

「DNAR指示のもとに心肺蘇生以外の酸素投与、気管挿管、人工呼吸器、補助循環装置、血液浄化法、昇圧薬、抗不整脈薬、抗菌薬、輸液、栄養、鎮痛・鎮静、ICU入室など、通常の医療・看護行為の不開始、差し控え、中止を自動的に行ってはいけない。」(西村匡司・丸藤哲「Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)指示のあり方についての勧告」

⚠️ DNARは「治療拒否」ではない

  • 対象となるのは「心肺停止時」のみ: あくまで心臓や呼吸が止まった瞬間の「心肺蘇生」を行わないという限定的な指示です。
  • 通常の医療・ケアは継続される: 心肺停止に至るまでは、肺炎の治療、点滴、栄養補給、そして何より痛みや苦しみを和らげる「緩和ケア(ターミナルケア)」などは、通常通り手厚く行われます。

近年では、「蘇生を行わない」という否定的なニュアンスを避け、患者が望む治療のあり方にフォーカスするため、AND(Allow Natural Death:自然死の容認)という言葉に言い換えられるケースも増えています。

3. なぜDNARが必要とされるのか?

医療技術が進歩した現代において、心肺蘇生を行えば、たとえ老衰や末期がんの終末期であっても、一時的に心臓を動かし続けること(命の引き延ばし)が可能になりました。

しかし、過酷な胸骨圧迫によって肋骨が折れたり、人工呼吸器に繋がれたまま意識が戻らない状態が続くことが、「患者にとって本当の尊厳ある最期なのか」という疑問が生まれます。

DNARは、回復の見込みがない終末期の患者に対して、無益で過剰な延命治療による肉体的苦痛を避け、「自然で安らかな最期(尊厳死)を迎えるため」の選択肢として確立されました。

4. 法律家・実務家の目線:トラブルを防ぐための「プロセス」の重要性

医療事故や親族間トラブルを扱う法律家として最も重視すべきは、DNARが「誰によって、どのようなプロセスで決定されたか」という点です。ここが曖昧だと、後に重大な法的トラブルや深い悔恨を生む原因になります。

DNARについては未だ法制化はされていませんが、上記の厚生労働省のガイドライン等では、以下のプロセスが厳格に求められています。

先に述べたように、実際の臨床現場では、DNARについての理解不足から、DNAR指示が独り歩きして、本来なされるべき治療が施されずに深刻な結果が生じてしまうケースが少なくありません。

① 本人の意思決定が原点

最優先されるべきは、患者本人の意思です。意識がはっきりしている段階で、本人が医療陣から十分な説明を受け(インフォームド・コンセント)、納得した上で選択することが大原則です。ですので、仮に入院時のDNAR確認の時点では、本人の意識がなかったが、後日、意識が戻った場合には、改めて本人に十分な説明と同意の確認が必要となり、入院時の家族の同意を根拠として用いることはできません。

② 家族と医療チームによる共同決定

本人の意識がない、または認知症などで意思表示が難しい場合は、家族が「本人の意思を推定」して判断します。この際、医師の独断ではなく、看護師や他の医療スタッフも含めた「医療・ケアチーム」と家族が何度も話し合い、合意を形成するプロセス(ACP:Advance Care Planning 「人生会議」と称されることが多いようです)が不可欠です。

③ 「いつでも撤回できる」柔軟性

DNARの指示書や合意書に一度サインをしたからといって、それが絶対ではありません。本人の心境の変化や、家族の迷いに応じて、いつでも撤回・変更が可能であるべきです。

まとめ

DNARの本質は、「命を諦めること」ではなく、「その人が自分らしく人生の最終章を締めくくるために、不要な苦痛を遠ざける選択」です。患者の尊厳を守りQOLを維持するための仕組みであるはずのDNARですが、ともすれば、概念や要件の曖昧さや複雑性によって医療現場での誤解が生まれやすく、痛ましい事故を生み出す要因にもなりかねません。

もしご家族の医療・介護の現場でDNARの選択を迫られ、病院側の説明に違和感がある、あるいは親族間で意見が対立して悩んでいるという場合は、抱え込まずに医療倫理や意思決定のプロセスに詳しい専門家へ相談することをお勧めします。

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