米国のディスカバリー・デポジションと日本の証拠保全

 

Justice?
正義を、だって?

You get justice in the next world, in this world you have the law.
あなたが正義を手に入れるのは来世でのことだ。この世であなたに与えられているのは法だけだ。

William Gaddis
ウィリアム・ギャディス(1922年12月29日 – 1998年12月16日 アメリカ合衆国・ニューヨーク出身の小説家。 JR と A Frolic of His Own によって全米図書賞を二度受賞した。)

 

デポジション

アメリカの法廷ものの映画やテレビドラマシリーズでよく見かけるシーンで、民事事件や家事事件の裁判が始まる前の段階で、弁護士事務所に依頼人ではなく、事件の相手方当事者を呼び出して、やってきた相手方に対して、ビデオカメラで撮影しながら質問して回答を求めるやり取りを録画記録するという場面があります。

これは証言録取、「デポジション(Deposition)」と呼ばれる制度です。

日本の「カルテ開示」や「証拠保全手続き」、そしてアメリカの「デポジション(Deposition)」は、どちらも「裁判(審理)が本格的に始まる前に、いかにして有利な証拠を確保するか」という目的を持った制度です。

しかし、日米の司法制度の思想やアプローチが大きく異なるため、その性質や対象には大きな違いがありますので、以下、対比して整理していきます。

1. 日本の「カルテ開示」「証拠保全」とは?

主に日本の医療訴訟などでよく使われる、「物(書面やデータ)」を確保するための手続きです。

  • カルテ開示請求(相手方に依頼する任意の手続き) 患者(原告側)が病院に対して「カルテのコピーをください」と請求することです。現在は個人情報保護法やガイドラインにより、任意の請求でも開示されるケースが大半です。
  • 証拠保全手続き(裁判所を介した手続き) 診療記録の電子化(電子カルテ)は進んでいますが、まだ紙カルテを用いている医療機関も少なくはありません。また、電子カルテについては厚生労働省が真正性(改ざん防止)、見読性、保存性の三基準の遵守を医療機関に求めており、電子カルテの場合、修正履歴が残る形で保存されますが、電子カルテの統一規格化は準備が進んではいますが将来の話で、どのようなソフトを使う(作る)かは各医療機関の自由です。また、カルテの任意開示の際に、全ての記録を出して欲しいと求めたとしても、医療機関が選別して都合の悪い記録を出さない場合、電子カルテであったとしても、上記のように統一規格化されていないため、出された記録をチェックしても、元の電子カルテソフトをパソコンで開いて照合しないかぎり、本当に保存されているデータを全て出してもらえているのか確認しようがないという面があります。

【日本の特徴】 対象は基本的に**「書面・データ(物)」です。また、不意打ちで証拠を確保する必要があるため、裁判所(裁判官)が深く関与します。

2. アメリカの「デポジション(証言録取)」とは?

アメリカの民事訴訟には、口頭弁論(トライアル)の前に互いの証拠を出し合わなければならない「ディスカバリー(Discovery:証拠開示手続き)」という強力な制度があります。その一環として行われるのが「デポジション」です。

  • デポジション(証言録取) 裁判が始まる前に、訴訟に関係する人(医師、被害者、目撃者、会社の開発者など)をホテルの会議室や弁護士事務所などに呼び出し、宣誓してもらった上で、相手方の代理人弁護士が直接尋問する手続きです。
  • 嘘をつくと偽証罪になる 法廷ではありませんが、公認の法廷速記者がすべてを記録(またはビデオ録画)しており、ここでの証言は法廷での証言と同じ重みを持ちます。もしデポジションと本番の裁判で言うことが変わると、「偽証」として決定的なダメージを負います。

【アメリカの特徴】 対象は「人(証言)」です。そして最大の驚きは、この手続きに裁判官は立ち会わない(当事者の弁護士同士で進める)という点です。

3. 決定的な「3つの違い」

日米の制度を比較すると、以下のような決定的な違いがあります。

①「物」か「人」か

  • 日本(証拠保全): ターゲットは「隠されそうな書類や電子データ」です。民事訴訟法上は、証人尋問を行うことは可能ですが、病気の証人が医師の余命宣告を受けた危篤状態で、証拠保全手続きで尋問をしておかなければ、証言が将来得られなくなる蓋然性が高いような厳しい条件を満たした例外的な場合にしか認められません。ですので、基本的には、医師の口から直接その場で問いただすような制度ではありません。
  • アメリカ(デポジション): ターゲットは「人間の記憶や本音」です。書類(アメリカでは別手続きで事前にすべて開示させます)をもとに、「なぜこの時、この判断をしたのか」を徹底的に問い詰めます。

② 裁判所の関与度

  • 日本: 裁判官が直接病院に赴くなど、裁判所の主導のもとで行われます。
  • アメリカ: ディスカバリーやデポジションは、弁護士同士(当事者間)の責任で民間主導で行われます。裁判所は「ルール違反があった時だけ介入する」というスタンスです。

③ 手の内の明かし方(情報開示の範囲)

  • 日本: 証拠保全の申し立ての際に、証拠保全で入手すべき検証物目録を添付して、ピンポイントで「この証拠が必要」と国(裁判所)に認められたものだけを確保します。
  • アメリカ: 「広範なディスカバリー」の精神に基づき、裁判に関係しそうなものは、自分に不利な情報であっても、人・物問わずすべて事前に相手にさらけ出さなければなりません。

比較まとめ表

項目日本の証拠保全(カルテ開示含む)アメリカのデポジション
主な対象証(カルテ、看護記録、検査データなど)証(医師、看護師、当事者などの証言)
実施される場所病院(対象の証拠がある場所)弁護士事務所やホテルの会議室など
裁判官の立ち会いあり(裁判官、書記官が主導する)なし(弁護士、証人、速記者が基本)
目的証拠の改ざん・隠滅を防ぎ、現状を固定する相手の主張の弱点を探る、自白を引き出す
虚偽のペナルティ(カルテ改ざんは違法だが不正確な発言自体への罰則は別)宣誓下の供述のため、嘘は偽証罪になる

日本は「まず客観的な記録(カルテ)を確保して、それを分析してから裁判で争う」のに対し、アメリカは「書類は事前に全部出させた上で、裁判の前に生身の人間から徹底的に質疑応答をして勝負を決める(実際、アメリカではデポジションの結果を見て、9割以上が本番の裁判前に和解します)」というアプローチの違いがあります。

医療事故調査で実際に行う

このように、制度的に用意されている証拠の確保・保全のための手続きは、日米で大きく異なります。

供述録取制度は日本にはありませんが、医療事故の調査においては、患者側弁護士から相手方医療機関に対して、説明会の開催を求めて、相手方が協力してくれれば、担当医や担当看護師らと面談したり、医療安全管理者等が聴取結果を報告する場を設けてもらい、同意の上で録音や動画で記録化したり、書面で質問状を出して回答をもらったりという採証活動を行うことがあります。

また、上記のように証拠保全手続きで証人尋問が認められるケースは、緊急性のある例外的な場合ですが、証拠保全に裁判所と一緒に赴いた際に、手続き終了後に任意での事情説明をお願いしたい旨申し入れて応じてもらえる場合に、同意の上で供述や説明を記録化するということもあります。

証言録取のように宣誓供述が得られるわけではありませんが、任意の供述で得られた内容も重要な証拠となる場合は少なくありません。

医療事故以外でも活用できます

今回説明した証拠保全は、起訴前の証拠保全手続きという制度です。起訴後の証拠保全手続きは、実際に訴訟を提起した後に行う証拠保全をいいます。

裁判を提起する前に、裁判所を活用する制度としては、仮差し押さえや仮処分といった民事保全手続きがあり、裁判が決着するまでの期間経過によって損害が生じることを回避したり、将来の債権回収を確実なものにするのに有効な仕組みですが、起訴前の証拠保全手続きは、裁判そのものを有利に進めるために必要な証拠を確保するために有益な制度といえます。

証拠保全手続きは、医療事故に限らず、ほかの類型の紛争でも活用できる手続きで、学校事故や施設事故、また、労働事件や会社法関連でも実効的に証拠確保に役立つことが多い手続きです。

意外に民事保全手続きや証拠保全手続きを使った経験のない弁護士は少なくはなく、事件処理の方針を検討する際に、オーソドックスな示談交渉、ADR、裁判というルートしか選択肢に入らず、実は、民事保全や証拠保全を使うと、大きく有利な展開が開けたかもしれないのに、不利な戦いを挑む結果になってしまうことがありますので、幅広い観点で解決の筋道を考えることは大切だと言えるでしょう。

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