プレモータム・シンキング

【弁護士が解説】人生もビジネスも「失敗から逆算」する?トラブルを未然に防ぐ「プレモータム・シンキング」の活用法

突然ですが、みなさんは何か新しいチャレンジをするときや、重要な契約を結ぶとき、「もしこれが最悪の結果に終わるとしたら、理由は何か?」と考えたことはありますか?

今回は、個人が人生の選択をする上でも、企業が事業を運営する上でも非常に強力なツールとなる思考法、「プレモータム・シンキング(Pre-Mortem Thinking)」についてご紹介します。

1. 「プレモータム・シンキング」とは?

「モータム(Mortem)」とは、ラテン語で「死」を意味します。「プレ(Pre)は「事前に」、ポスト(Post)は「事後に」を意味する英語の接頭辞です。プレモータム(正確な発音としては、プ「リ」・モーテ(少し「タ」に近い「テ」)ム(英: /ˌpriː ˈmɔː.təm/ / 米: /ˌpriː ˈmɔːr.təm/)ですが、日本語として読むときの響き、語呂の良さは断然「プレモータム」がいいので、以下ではプレモータムと呼びます)。

医療や事件現場で、死亡結果が発生した「後」に、その原因を究明する死亡後死因分析という概念があります(Post-Mortem 解剖を伴う検死は autopsy、死後検査全般は post-mortem、死因を調べる公的な審問は coroner’s inquest )。日本では、死因分析の方法としては、任意の病理解剖、事件性のある遺体について行われる刑事手続の一環としての司法解剖、事件性のない遺体について死因解明を行うための行政解剖(監察医制度)、死亡後にCTで遺体を画像診断するAi(死亡時画像診断)等があります。

  • autopsy: 体を切って調べる解剖を伴う検死(アメリカでよく使われます)
  • post-mortem: 死後の検査、検死(イギリスなどでよく使われます)
  • coroner’s inquest: 死因をはっきりさせるための法的な調べや審問

これを逆転の発想で生前に、つまり、死亡結果が発生する「前」に事前の検死、死亡前死因分析(Pre-Mortem)」を行うことによって、本来は、事後にレトロスペクティブ(後方視)の視点でしか得られない精密な原因分析からのフィードバックを得て、プロスペクティブ(前方視)の視点でよりよく改善につなげようという考え方が「プレモータム・シンキング」です。

もともとは、認知心理学者のゲイリー・クライン(Gary Klein)さんが、プロジェクトが始まる前に「死(失敗)」を想定するという逆転の発想として発表し提唱した概念です(Klein, G. (2007). Performing a project premortem. Harvard Business Review, 85(9), 18-19.)。

日本では、山崎裕二さんの「先にしくじる」というキャッチーなタイトルの本(2018年出版)をきっかけに広まった考え方で、ネット上で検索すると、たくさんの紹介記事が出てきますので、興味のある方は調べてみてください。

この本では、人間は、もともと次の7つの認知バイアスの罠にハマりやすいが、プレモータム・シンキングがこの罠に陥るのを防ぐうえで非常に効果的だと述べます。

(1)「現在バイアス」の罠    :ずるずると課題を先延ばしにしてしまう
(2)「オプション選好性」の罠  :どっちがいいか決められない
(3)「非合理的な信念」の罠   :勝手な思い込みで人間関係をこじらせる
(4)「コンコルド効果」の罠   :もはや、引くに引けない
(5)「自己中心性バイアス」の罠 :俺たちのやり方なら必ず成功すると思い込む
(6)「完璧主義」の罠      :すべてがそろわないと動けない
(7)「計画の錯誤」の罠     :必ず想定外のことが起こる

だれもがこの罠の強力さを実感しているはずです。

プレモータム・シンキングのやり方は非常にシンプルです。

  1. これから行おうとしている計画やプロジェクトが「大失敗に終わった」と仮定する。
  2. 「なぜ失敗したのか?」その原因やストーリーを思いつく限り書き出す
  3. 挙げられた原因に対処するための予防策・回避策を事前に準備する。

上記の7つの罠をはじめとする多様な認知バイアスにまみれているので、人間はどうしても「この計画はきっと上手くいく」という楽観バイアス(願望的観測)にとらわれがちです。とくに何ごとにも「正解」を求め、タイパ・コスパを重視し、願望実現法則的なものがもてはやされる現代社会では、ポジティブな事柄だけを尊重して追求し、ネガティブは忌避し排除する思考法が無意識ながらに頭に染み付いてしまいます。

プレモータム・シンキングは、あえて「失敗した未来」から逆算することで、盲点になっていたリスクや隠れた問題点を洗い出す手法で、地に足をつけた人生運営・事業運営のためにとても役に立つ発想です。

弁護士として日々個人や企業の相談をお受けしていると、見通しが楽観的に過ぎるのではないか、とか、「もう少し早くご相談いただけていれば、このトラブルは防げたのに……」と感じるケースが少なくありません。

人生やビジネスにおいてプレモータム・シンキングを導入すると、次のような絶大なメリットがあります。

2. 【事業運営】失敗の8割は予測できる——予防法務とプレモータム

① 心理的安全性の確保(楽観論へのブレーキ)

新しい事業を始めるときや大きな投資を決めるとき、社内の空気が「賛成一色」になり、リスクを指摘しづらくなることがあります(集団思考の罠)。

しかし、「あえて失敗の理由を挙げる」というルール(プレモータム)を設定しておけば、立場に関わらず全員が自由にリスクを指摘できるようになります。

② 法的トラブル・契約リスクの事前回避

「取引先と口頭で約束していたが、破綻した」「契約書の条項が曖昧だったため、多額の損害賠償を請求された」といったトラブルは、事前のプレモータムで防ぎやすいポイントです。

「もし相手方と揉めて訴訟になったら、どの条項が命取りになるか?」をあらかじめ検証し、契約書を精査すること(=予防法務)こそが、まさにプレモータムの実践と言えます。

3. 【個人・人生】選択の精度を上げ、後悔のない人生を送る

プレモータム・シンキングは、個人の人生における重要な決断(転職、独立、マイホーム購入、結婚や離婚、資産運用、生前贈与や遺言など)でも非常に役立ちます。

① 「最悪のシナリオ」を知ることで恐怖が消える

人間は「何が起きるか分からない」という曖昧な状態に強い不安を感じます。

「もし転職して失敗するとしたら何が原因か?(例:社風が合わない、スキル不足、収入減など)」を具体的に書き出すと、「社風については事前に面談で確認しよう」「予備の資金を〇ヶ月分確保しておこう」といった具体的な行動プランに落とし込むことができ、過度な不安が解消されてゆきます。

② 感情的な決断を防ぐ

大きな人生の転機では、感情が高ぶって冷静な判断ができなくなることがあります。一度立ち止まり、「1年後に後悔しているとしたら、自分は何を見落としていたのか?」と問いかけることで、客観的な視点を取り戻すことができます。

4. プレモータム・シンキングを実践する3ステップ

明日から使える簡単な実践ステップをご紹介します。

ステップアクション具体例
ステップ1:未来の失敗を前提にする「今から1年後、このプロジェクト(選択)は完全に失敗しました」と仮定する。「新店舗の出店計画が、赤字続きで撤退に追い込まれた」
ステップ2:理由をブレインストーミングなぜ失敗したのか、思いつく限りの「敗因」を書き出す。「立地を踏まえての客足を見誤った」「人手不足でサービスが低下した」「契約書の解約条件が厳しすぎた」
ステップ3:対策を講じる挙げた敗因を「予防できるもの」と「起きたときの対処法」に分け、計画を修正する。「事前調査をやり直す」「解約条項について相手方と事前交渉・弁護士チェックを行う」

おわりに——「最悪を想定し、最善を尽くす」ための最適なパートナー

弁護士の仕事は、一般的には、いざことが起こった後に火消しのために依頼するトラブル・シューター、「トラブルが起きてから解決を図ること」が役目だと思われがちです。もちろん、それは重要な弁護士の役目です。しかし、本当に価値のある弁護士の役割は、問題のない平常時からのかかりつけ医のような相談先となり、「トラブルが起きない仕組みを一緒に作ること」「トラブルの芽が出た時には速やかにそれを摘み取ること」にあります。

プレモータム・シンキングは、ネガティブを想定する点でネガティブ思考ではありますが、決して後ろ向きなネガティブ思考ではありません。むしろ、ネガティブな思考を道具として用いることによってポジティブに大切な事業や人生を、確実に成功させるための前向きな準備をすること、つまり、「ポジティブなネガティブ思考」なのです。

このポジティブのためのネガティブ思考をする上で弁護士は最適なパートナーとなります。弁護士は、あらゆるトラブルごとに関与してその解決に携わる職務であり、ポジティブな成功事例についての知見はそれほどなくても、ネガティブな挫折・問題事例についてのあらゆる知見を蓄積しているからです。

企業における新規事業の立ち上げ、重要な契約締結、あるいは個人における重大な意思決定でお悩みの際は、ぜひ「もし失敗するとしたら?」という問いを投げかけて、そこで感じる圧倒的な苦痛と後悔、あのときこうしていたら!という気持ちや考えを味わってみてください。

遺産相続を本来の争いの種にせずに本来の贈り物にするための「生前協議」という仕組みもプレモータムの発想に基づくものです。

たいよう法律事務所では、非常時に問題解決を図るのは当然の役目としつつも、弁護士の重要な役目を、非常事態になってからのレスキュー部隊から、平常時からのトラブル回避やトラブルへの流れが生まれた際の立て直しという私的な平安状態の確保・維持に注力するプライベート・ピースメイカーに広げて、お客様の人生・事業全般にわたって日常の安全をに守ることを目的としています。

「自力では法的なリスクや穴を見極めきれない」「契約書のプレモータム(事前チェック)を行いたい」という場合は、ぜひお気軽にたいよう法律事務所までご相談ください。最悪のシナリオを未然に防ぎ、皆様が安心して前へ進めるようサポートいたします。

THERE IS NO SPOON「もしあのときこうしていたら、やり直しができたら」

THERE IS NOSPOON「T17-6 目的地を設定してください」

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