パワハラによる精神疾患について労災認定受けられますか?

【相談例】AさんはIT機器を扱う会社の有能な営業マンでしたが、車が大好きで以前から憧れていた全国規模の大手中古自動車販売会社に転職して働きはじめました。Aさんは、入社早々から職場の異様さに接します。ノルマを達成できなかった先輩のBさんが店長や同僚から吊し上げられている場面を目撃したのです。Bさんはしばらくして退職しました。

Aさんは、入社当初はそれなりの営業成績を上げられましたが、そのうち、スランプが訪れました。以前のBさんのようなあからさまないじめはありませんが、店長からの過剰な業務の押し付け等の嫌がらせを受ける状況が常態化しました。減給をちらつかされて連日深夜までの残業を命じられ、店長からの指示と思われる同僚からの無視も始まり、不正作業の指示を拒否できない環境で極度の精神的ストレスを課され、心療内科への通院を開始しました。

Aさんは、薬でなんとか気分が回復することもありましたが、そのうち、店舗の販売ノルマ未達を理由に、店長から連日「給料泥棒」、「虫ケラ」等の暴言等、以前のBさんに劣らない程ひどいハラスメントが始まりました。

Aさんは、本社のコンプライアンス窓口に電話して相談したところ、Eメールで相談内容と希望を伝達するよう求められたので、事実をまとめて他店への移動の希望を伝えました。数日後、店長のパワハラはエスカレートして、ほかの社員の前での正座を強要される等の嫌がらせが始まりました。

その結果、Aさんは、重度の適応障害を発症して休職して通院継続中で、自宅で療養中も、パワハラのさまざまな場面がフラッシュバックして、夜も不眠が続き、今後、退職を検討しています。

パワハラ等による心理的な負荷も労災にあたりうる

実務上は、パワハラ・セクハラ、長時間労働等による自殺や精神障害(適応障害・PTSD等)は、労災認定(行政認定)の基準が厳格で認められないケースも決して少なくありません。

ただし、職場の上司からのパワーハラスメント(パワハラ)やセクシャルハラスメント(セクハラ)によって、うつ病等の精神疾患を発症し、治療後もフラッシュバックなどの症状が残った場合、事案の内容や確保できた証拠次第では、労災認定を受けることは可能です。また、条件を満たせば後遺障害(障害補償給付)として認められる可能性もあります。

他方で、労働現場の環境に起因して被災した不慮の損害である以上、「労働事故」に該当するので、その上司の不法行為責任や会社の使用者責任についての立証ができれば、労災保険での給付とは別に、傷害慰謝料(治療のための通院)、後遺障害慰謝料等の損害の賠償を上司や会社から受けることが可能です。→労働事故のページへ

以下、労災認定に絞って、厚生労働省の認定基準や審査のポイントについて解説します。

心理的負荷(ハラスメント)による精神障害の労災認定

パワハラやセクハラによるうつ病や適応障害、PTSD(心因性PTSDなど)は、厚生労働省が定める「心理的負荷による精神障害の認定基準」(2023/09/01厚労省通知)に基づいて労災審査が行われます。

主に以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。

  1. 対象となる精神障害を発症していること
    • うつ病、適応障害、PTSD(強度ストレス反応)などと医師に診断されていること。
  2. 発症前のおおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷(ストレス)があったこと
    • パワハラやセクハラが「強」のランク(重度)と判断される必要があります。
  3. 業務以外の要因(個人の私生活や既往歴など)で発症したものではないこと

ハラスメントの「強」判定の基準例

  • パワハラ: 身体的攻撃(暴行)、人格を否定するような苛烈な暴言が継続して行われた、退職を強要された、業務上明らかに不要な・達成不可能な仕事を強制されたなど。
  • セクハラ: 胸や下半身に触れられた、性関係を強要された、本人が拒絶しているにもかかわらず継続的に性的な言動・嫌がらせを受けたなど。
  • いずれも、後述のように、事実を窺わせる記録は直接、間接を問わず、証拠となりますが、写真、動画、ICレコーダーの録音音声等の直接証拠がやはり証拠としては有用です。ケースのAさんの心療内科通院前の嫌がらせは陰湿で証明が困難ですが、退職した元同僚が店長からの指示を含めて陳述書を書いてくれたりすれば、それも証拠になります。また、通院開始後の店長の暴言や正座の強要などは、強い心理的負荷の原因となるパワハラといえ、心療内科での問診でドクターが聴取していれば、診療録や診断書で立証の可能性があります。

フラッシュバック等の「後遺障害(障害等級)」について

精神疾患の治療を一定期間(数か月〜数年)継続してもこれ以上改善しない状態(症状固定)に達し、なおもフラッシュバックや不眠、重い不安感が残る場合は、後遺障害(障害補償給付)の申請ができます。うつ病、適応障害、PTSD(強度ストレス反応)等の疾患としての医師の診断が必要です。

精神障害の後遺障害は、主に障害の程度に応じて以下のような等級(後遺障害等級第9級、第12級、第14級)に該当する可能性があります。

  • 第9級: 「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」就労可能な職種が著しく制限される程度の障害が残るもの
  • 第12級: 「局部に頑固な神経症状を残すもの」
  • 第14級: 「局部に神経症状を残すもの」労働能力の一部に制限が残るもの

審査では、主治医が作成する「障害診断書」や、日常生活・業務での支障度(意欲、対人関係、適応能力など)が詳しく評価されます。

労災申請を成功させるための重要なポイント

精神障害の労災申請は、怪我の労災に比べてハードルが高いのが現実です。認定を得るためには「ハラスメントの事実」を裏付ける客観的な証拠が非常に重要になります。

集めておくべき証拠の例

  • ハラスメントの記録: 暴言や性的言動の録音・録画、メール、LINE、チャットツール(Slack等)のスクリーンショット
  • メモ・日記: 「いつ・誰から・どこで・どのような暴言/嫌がらせを受けたか」を具体的に記録したもの(日時が正確でリアルタイムに書かれたものは証拠能力が高くなります)
  • 周囲の証言: 同僚などの目撃証言、社内ハラスメント窓口・人事への相談履歴
  • 医療機関の記録: 心療内科・精神科の初診時のカルテ(いつ頃からどのようなハラスメントで苦しんでいたかが記載されているか)

今後の進め方とご相談先

会社がハラスメントを認めず「労災申請に協力しない(書類に署名しない)」というケースも少なくありませんが、会社の協力がなくても労働基準監督署(労基署)へ直接申請することが可能ですので、ご相談ください。

関連記事

最近の記事
  1. 正解を探してはいけない問題もある――クネヴィン・フレームワークから考える「問題との付き合い方」

  2. 7つの習慣(第7の習慣「刃を研ぐ」)

  3. 7つの習慣(第6の習慣「シナジーを創り出す」)

索引
AI (1) DV (1) IF-THEN (1) LINE (1) LINE公式アカウント (1) P/PC (1) PTSD (1) THERE IS NO SPOON (4) Win-Win (1) Win-Win or No Deal (1) じぶん憲法 (1) たいよう事務所 (1) アンチフラジャイル (1) ウェブ会議ツール (1) エイズ (1) エルモ (1) カルテ開示 (1) カーナビ (1) ガチョウ (3) クネヴィン・フレームワーク (1) クレジットカード払い (1) シナジー (2) スティーブン・R.コヴィー (3) スポーツ事故 (1) スポーツ教室 (1) セカンド・オピニオン (1) セカンド顧問 (2) セクハラ (2) セルフ・マネジメント (1) ソクラテス・メソッド (1) タレブ (1) ディストピア (1) デイサービス (2) デポジション (1) トラウマ (1) トラブル (2) トリムタブ (1) ハラスメント (3) バイアス (1) バックアップ (1) バーベル戦略 (1) パパ活 (2) パラダイム (1) パワハラ (3) ピースメイカー (5) フリーランス (1) プライド (1) プレモータム (1) プレモータム・シンキング (1) ホームローヤー (1) マッチングアプリ (1) ミッション・ステートメント (1) モラハラ (1) リカバー (1) リンチ (1) リンディ効果 (1) ロジック (1) ヴィクトール・フランクル (1) 一人親方 (1) 一大事 (1) 一括対応 (1) 一霊四魂 (1) 不倫 (2) 不動産 (1) 不法原因給付 (1) 不法行為 (2) 不貞 (2) 不適合責任 (1) 主体性 (2) 主観の檻 (1) 予約の仕方 (1) 予防法務 (2) 事務所アクセス (3) 事実婚 (1) 事故 (3) 交通事故 (2) 人権侵害 (1) 人生 (2) 人生の主導権 (1) 人生の転機 (1) 人生の馬車 (1) 人身事故 (1) 人間馬車説 (2) 介護事故 (1) 介護施設 (1) 企業顧問 (1) 伴走者 (1) 保育園 (1) 保険 (3) 信頼口座 (1) 修復的正義 (1) 個人顧問 (1) 偏見 (2) 傭兵 (1) 傾聴 (1) 先入観 (1) 共感 (1) 内縁関係 (1) 円満調整 (1) 冤罪 (1) 冥界 (1) 刃を研ぐ (1) 判事 (1) 判決 (1) 利益 (1) 創造 (1) 労働事故 (2) 労災 (3) 労災保険 (2) 勝ち目 (1) 勝敗 (1) 医療 (1) 医療事故 (1) 医療事故調査制度 (1) 医療過誤 (1) 協力医 (1) 原則 (2) 原状回復 (1) 友だち追加 (1) 反脆弱性 (1) 同調圧力 (1) 問題解決 (1) 因縁 (1) 国会 (1) 土地工作物責任 (1) 地下鉄 (1) 地獄 (1) 夜と霧 (1) 天秤 (1) 太洋ビル (3) 奇跡のコース (4) 契約書チェック (1) 契約書作成 (1) 妥協 (1) 婚姻費用 (1) 婚約破棄 (1) 学校事故 (1) 守秘義務 (2) 安全基地 (1) 官僚 (1) 実印 (1) 寄与分 (1) 尊厳死 (1) 小説 (1) 就業規則 (1) 岡目八目 (1) 工作物責任 (1) 差別 (2) 平安 (1) 平穏な日常j (1) 幼稚園 (1) 建築 (1) 弁護士費用特約 (2) 後方支援 (2) 後遺障害 (1) 後遺障害等級 (2) 後遺障害診断書 (1) 復縁 (1) 復縁支援 (1) 応報的正義 (1) 悪魔 (1) 感情 (1) 慰謝料 (2) 手術 (1) 損益相殺 (1) 放課後デイサービス (1) 整理解雇 (1) 新栄町駅 (1) 施設事故 (1) 日常 (1) 日常生活での事故 (1) 日本スポーツ振興センター (1) 日本人 (1) 日本映画 (2) 明け渡し (1) 映画 (2) 景品表示法 (1) 有責配偶者 (1) 未払い残業代 (1) 東山線 (1) 桜通線 (1) 検非違使 (1) 楽器 (2) 正義 (2) 武器 (2) (1) 死後 (1) 決定論 (1) 法廷ライブショー (1) 法律 (1) 法律家 (1) 法律相談 (1) 混沌系 (1) 無条件の愛 (1) 無過失補償 (1) 煩雑系 (1) 物損事故 (1) 物的創造 (1) 特別受益 (1) 独身偽装 (1) 生前協議 (1) 生前贈与 (1) 男女問題 (2) 病院 (1) 痴漢 (1) 監督 (1) 目には目を (1) 相互依存 (2) 相続 (1) 相続放棄 (2) 相談 (3) 看護師 (1) 知的創造 (1) 神の目線 (3) 窓口 (1) 第3の案 (4) 第3の習慣 (1) 第5の習慣 (1) 第6の習慣 (1) 第7の習慣 (1) 第8の習慣 (1) 等級認定 (1) 納得 (1) 絶縁 (1) 緊急事態 (1) 署名 (1) 羅生門 (1) 習慣 (1) 老人ホーム (1) 肉体関係 (1) 自分憲法 (1) 自叙伝 (1) 自己決定権 (1) 自明系 (1) 自殺 (2) 自警団 (1) 自賠責保険 (1) 芥川龍之介 (1) 藪の中 (1) 虐待 (2) 虚栄心 (1) 街の平和屋さん (1) 被害者 (1) 裁判官 (1) 製造物責任 (1) 複合系 (1) 要件事実 (1) 親権 (2) 観客 (1) 解決 (1) 解雇 (3) 証拠保全 (3) 証拠開示 (1) 証言録取 (1) 詐欺 (1) 誤嚥 (1) 誤審 (1) 誤飲 (1) 調停 (1) 調査 (1) 豊かさマインド (1) 財産分与 (2) 責任 (1) 賃貸 (1) 賃金 (1) 賠償 (1) 賠償責任保険 (1) 身銭を切れ (1) (2) 転倒 (1) 転生 (2) 転落 (1) 退職 (1) 退職勧奨 (1) 逆算 (1) 逆転劇 (1) 過去世 (1) 過失相殺 (1) 過失責任主義 (1) 適正手続 (1) 選択 (2) 遺産 (1) 遺産分割協議 (2) 遺留分 (1) 遺留分放棄 (1) 遺言 (1) 遺贈 (1) 部活動 (1) 配偶者 (1) 重要事項説明書 (1) 錯誤 (1) 陪審員 (1) 離婚 (3) 面会交流 (1) 顧問 (2) 顧問契約 (2) 養育費 (2) 駐車場 (1) 骨折 (1) 高岳駅 (1) 黄金の卵 (4) 黒澤明 (1) 7つの習慣 (10)
TOP
Call Now Button