第3の案
今日は、「第3の案」をご紹介します。




この本は7つの習慣の中の第6の習慣である「シナジーを創り出す」ことについて、実践的に述べた本です。
弁護士の私にとって、この本は重要な職業指針を示し続けてくれるコンパスのような存在です。

「第3の案」で変わる法律の未来:勝敗を越えた「ピースメーカー」への転換
現代の司法制度は、往々にして「私のやり方」(私の勝利)か「相手のやり方」(相手の勝利)かという、二者択一の思考に基づいています。
しかし、激しい法廷闘争の末に得られた「勝訴」が、必ずしも当事者の幸福や真の解決を意味するわけではありません。むしろ、多額の費用と時間を費やし、人間関係を決定的に破壊してしまう「実質的な敗北」を招くケースも少なくないのが現実です。
今回は、従来の法律家に求められてきた役割を振り返りながら、新たな解決のパラダイムである「第3の案」によって法律家が果たせる新しい役割について考察します。
1. 司法制度の限界と法律家の苦悩
司法制度は、二者択一の思考を形式化したものです。そのため、原告と被告が火花を散らす敵対的な構造になりやすく、当事者双方に多大な心理的・感情的負担を強いることになります。
この過酷な環境は、当事者だけでなく法律家自身の精神的な健康にも悪影響を及ぼしています。この本では、不安症や敵対心、孤立感といったメンタルの問題を抱える弁護士の割合は、他の職業に比べて高いという現実の調査結果も紹介されています。
多くの弁護士は、「正義」や「社会貢献」という高い理想を胸にこの世界へ飛び込みます。しかし、過剰な競争や相手方との不毛な敵対関係に巻き込まれるうちに、いつしかその初心を見失ってしまうことも少なくありません。
2. 「ピースメーカー」としての法律家
アメリカ第16代大統領のエイブラハム・リンカーンは、次のような言葉を残しています。

「法律家はピースメーカーとなる最高の機会に恵まれている」
本来、法律は、人々が尊厳をもって平和で仲良く暮らせることを目的に制定されるものであり、司法は、その平穏状態から逸脱したトラブルを法律を使って解決し、本来の平穏状態を取り戻すための場であり機能です。
つまり、法律家という職業は、戦うことそのものが使命なのではなく、平安状態を回復するために必要なかぎりで当事者になり代わって戦うことによって、対立に苦しむ人々へ「救済・創造的な解決・平和・癒し」をもたらす機会を提供できるはずの存在なのです。
「第3の案」を探す法律家は、単なる代理人にとどまらず、シナジー(相乗効果)の最高の実践者として紛争に平穏をもたらす「ピースメーカー」となります。それは相手を論破し破滅させることを目指すのではなく、「私たちのやり方(第3の案)」を見つけるプロセスそのものに価値と満足感を見出すマインドセットです。
3. 解決のための具体的なプロセス:共感とシナジー
では、具体的にどのようにして「第3の案」を見つけ出すのでしょうか。本書では以下の重要なアプローチが紹介されています。
① トーキング・スティックの精神
自分の主張をはじめる前に、「相手が満足するまで相手の言い分を反復し、理解を示す」という手法です。これにより、長年激しく対立していた当事者間であっても、消えかかっていた互いへの敬意が戻り、自主的な和解への道が開かれます。
② 感情移入による傾聴
優れた調停人は、当事者とじっくり向き合い、彼らが「自分は尊重されている、理解されている」と心から実感できるまで話を深く聴きます。
③ 妥協を超越する
シナジーを目指す人は、単なる「痛み分け」に過ぎない妥協には満足しません。関係者全員が以前よりも豊かな状態になり、関係性がより強化されるような、創造的な解決策を模索します。
「対立のプロセス」の中に潜む、気づきと平安
争いの多くは、各自が相手を犠牲にしてでも自らの陣営の利益を図ることを要求することから始まります。しかし、訴訟などで敵対的に主張をぶつけ合うプロセスは、それまで自分側からは見えていなかった「相手の事情や心情」、そして「相手の目から見た自分の姿」を知る契機にもなり得ます。
この気づきによって当事者の意識が変わり、相手を思いやることで、相手の破滅ではなく、自分の復活を主軸に据えて解決を考えることができれば、単なる妥協を超えた「第3の案」の模索が可能となります。
しかし、この発想の転換は当事者本人だけでは極めて困難です。そして、弁護士も従来の価値観では、依頼者がとことん闘争心を燃やして戦ってくれるのでなければ自分の役目が果たせなくなってしまうので、戦いを焚きつけ煽ることが役目ということになりかねません。
それでも、紛争に関わる弁護士は、当事者のある代理人ではありますが、当事者から一歩引いた第三者の立ち位置にいます。だからこそ、弁護士は、依頼者にとっての真の幸福や納得、満足について岡目八目で冷静に考えることのできる観点を得て、分離・敵対・攻撃という形で表出している紛争の背景に「本来あるべき平安が潜んでおり、それが解きほぐされて融合し、ひとつに結ばれたがっていること」に気づくチャンスがあります。
法律家が意識を変えて“目利きのハンターになれば、その平安を捉えて現実にもたらす機会は決して少なくありません。弁護士は、自らの役割を「戦う兵士」から「和平交渉を担う使節」へと変えることができるのです。
4. 再生を目指す「修復的正義」
「第3の案」の究極の形の一つが、南アフリカの真実和解委員会(TRC Truth commission or Truth and reconciliation commission)に見られる「修復的正義(Restorative Justice)」の考え方です。
これは、懲罰を主目的とする因果応報の正義(応報的正義 Retributive Justice)ではなく、「生じた裂け目の修復」や「壊れた関係の再構築」を重視する考え方です。
おわりに:弁護士の本領と「心の平穏」を取り戻す場所
弁護士は単に、依頼を受けて報酬を得るために代理戦争を行う「傭兵」や「軍師」としてしか機能できないわけではありません。戦いの先を見据え、紛争に平和をもたらす「ピースメーカー」となることもできます。
そうなれば、法律事務所は、法的な戦いの戦略を練り準備を整える殺伐とした「陣地」「参謀本部」から、安らぎを守る安全基地となり、さらには、人を癒やし人生の平安と主導権を取り戻すための前向きな建設計画を立ててそれを実行するための開発拠点として機能することになります。これは、激動の現代社会において極めて重要な機能だと感じています。
解雇や離婚といった人生の転機、あるいは医療事故・介護事故などの突発的なトラブルに直面すると、人は激しい争いの渦に巻き込まれ、穏やかな日常を奪われます。同時に、ストレスと感情の波によって「自分の人生を自分でコントロールしている感覚」までも失ってしまいます。
トラブルの相手方と自ら対峙しなければならない非常事態は、それだけで猛烈なストレスです。さらに「解決までの道筋や期間というゴール(出口)が見えない状態」が続くことは、じわじわと人のメンタルを蝕んでいきます。
一人で抱え込んでいる状態から、相談・依頼によってその重荷を弁護士と分かち合い、一度預けること。これによって初めてストレスが和らぎ、冷静思考を取り戻し、自分が望む解決への道筋を自ら選択できるようになります。
「第3の案」を基盤に職務を行う私は、弁護士の本領は「勝訴請負人になって単に勝利という成果を挙げること」だけにあるわけではないと考えています。紛争の真っ只中に置かれると、平常時の自分であれば望むことなどなかったはずの制裁感情の波に飲まれて、共倒れになってもかまわないから相手を破滅させてやりたいという激情に突き動かされることも決して稀ではありません。これは犯罪や事故被害、離婚、男女問題、相続争い、労働問題等具体的なトラブルに直面した場合に追い詰められて抱く心情として、むしろ当然のものといえます。
しかし、この制裁感情を晴らすことだけを目的に据えて、人生の長い年月をかけた訴訟での戦いの末、経済的、社会的、精神的、いずれかの面で首尾よく相手を破滅に追い込むことができたとして、その人ははたして真の意味で満足できるでしょうか。
法廷闘争の末に得られる「勝訴」が、必ずしも当事者の幸福や真の解決を意味するわけではなく、むしろ、多額の費用と時間を費やし、人間関係を決定的に破壊してしまう「実質的な敗北」を招くケースも少なくないので、示談交渉やADRでの解決の道もご提案します。
一度意思決定ができれば、あとは弁護士と共に選択した解決策を進む「列車」に乗った状態に入ります。どんな長距離列車であっても、乗ってさえいれば必ず終点(解決)に辿り着きます。しかし、列車に乗らなければ、永遠に目的地へ着くことはできません。
「トラブルによって喪失していた日常の平安と人生の主導権を取り戻し、再び平和に暮らせるよう支援すること」――これこそが、私の考えるピースメイカーとして弁護士が果たすことのできる役割です。
深刻な対立に直面したとき、裁判で勝つことだけを唯一の手段とするのではなく、まずは「第3の案」を探す勇気を持つこと。そうすることで、より持続可能で、関わる人全員が幸せになれる解決に到達できるはずです。
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第3の案全体の概要
















第3の案と法律













